【青梅縞】「青梅縞」の誕生から400年史|大和時代の渡来技術から江戸の名産地へ

青梅市といえば「梅」のイメージが強いですが、実はもうひとつ、江戸時代に全国区のブランドとなった特産品があったのをご存知でしょうか?
それが「青梅縞(おうめじま)」。絹と木綿を織り交ぜた、藍色が美しい織物です。
「粋な柄」として江戸の町人たちに愛されたこの織物、実はそのルーツをたどると、なんと大和時代(4〜6世紀)の渡来人による技術伝来にまでさかのぼります。今回は、青梅の織物文化がどのように生まれ、どう育っていったのか、その長い物語を追いかけてみたいと思います。
織物文化のはじまりは、渡来人がもたらした技術から

日本に本格的な機織り技術が伝わったのは、大和時代(4〜6世紀)とのこと。
大陸から渡ってきた人々(帰化人)が、当時最先端だった染織の技術を各地に伝えたとされています。「漢織(あやはとり)」「呉織(くれはとり)」といった名で呼ばれる織物技術者たちの存在が、後世の記録にも残っています。
飛鳥時代の大宝元年(701年)には、律令制度の基本法である大宝律令が発令され、税制のひとつとして布や糸などの現物を納める「調(ちょう)」の制度が定められました。織物は単なる衣料品ではなく、国家に納める「税」としての役割も担っていたのです。
万葉集にも詠まれた、多摩川と機織りの風景

多摩川に晒す手作りさらさらに 何ぞこの児のここだかなしき
奈良時代の天平宝字2年(759年)頃に成立したとされる『万葉集』には、多摩川のほとりで手織りの布をさらす女性たちの暮らしを詠んだ歌が収められています。清らかな多摩川の流れと機織りの営みが、古くからこの地域の風景として結びついていたことがうかがえます。
平安時代末期になると、この地域でも自給自足程度の織物生産が行われるようになっていたと考えられています。そして鎌倉時代の建久3年(1192年)頃からは、青梅が本格的に織物の主要な産地として位置づけられるようになっていきました。
室町時代、市場の開設で織物が「商品」になる

室町時代の嘉吉元年(1441年)、青梅に市場が開設されると、各地から商人が集まるようになります。これにより、それまで自家用・地域用だった織物が、次第に「商品」として流通するようになっていきました。ちょうど室町時代には青梅で織物づくりが行われていた記録も残っており、青梅の織物産業は、この頃から徐々に地域の経済を支える存在になっていったようです。
戦国時代の永正元年(1521年)頃には、木綿の原料となる綿花の種子がこの地に伝わったとされています。ちなみに、綿花の栽培自体は延暦18年(799年)に三河(現在の愛知県)に種子が漂着したのが日本最古の記録とされますが、当時の気候・風土に合わず定着しませんでした。本格的に綿花栽培が広まるのは、天文年間(1543年頃)にポルトガル人によって伝来して以降のことです。
江戸幕府直轄領となり、産業がさらに発展

江戸時代に入ると、青梅市の大半は江戸幕府の直轄領となります。江戸の経済・文化の発展とともに、木材・織物・石灰といった産業も活気づいていきました。青梅街道を通じた甲州とのアクセスの良さや、多摩川の水運も、産業の発展を後押しした要因のひとつです。
そして寛文元年(1661年)、ついに「青梅縞」の名がこの頃から広く知られるようになります。同時期には、素朴な木綿の縞織物「青梅棧留(おうめさんとめ)」の生産も始まりました。
「青梅産地」として、全国にその名をとどろかせる
文化年間(1804〜1817年)には、青梅縞を扱う買仲買が15名ほどだったとされていますが、安政年間(1854〜1860年)には約40名にまで増加。青梅縞の取引が着実に拡大していったことがわかります。
そして文久元年(1861年)、綿縞の「唐棧双子」が考案されたことをきっかけに「青梅産地」としての名声がさらに高まり、「青梅棧留」の名で全国に知られる存在となりました。江戸っ子たちが粋に着こなした青梅縞は、他の土地から江戸を訪れた人々が土産物として持ち帰ったことで、全国的な人気に火がついたともいわれています。人気があまりに高まったことで、粗悪な模倣品が出回るという「ヒット商品ゆえの悩み」を抱えた時期もあったようです。
まとめ|400年の歴史が、今の青梅につながっている
大和時代の渡来技術にはじまり、万葉の時代の多摩川の風景、鎌倉・室町を経て、江戸時代に「青梅縞」として花開いた青梅の織物文化。江戸の粋を代表するブランドとして全国にその名をとどろかせたこの織物は、やがて明治以降、布団生地「青梅夜具地」へと姿を変えていくことになります。
その転換の物語については、また別の記事で詳しくお伝えしたいと思います。
現在、青梅市郷土博物館には、文化年間・文政年間・明治初期に織られた青梅縞の現物が保存されており、実際にその藍色や細やかな縞模様を見ることができます。青梅の街を歩く際には、こうした歴史の一片にもぜひ目を向けてみてください。
参考文献・出典
- 岡本拓也・小山政史編『青梅の織物~糸が紡ぐ今と昔~』青梅市郷土博物館、2019年
- 向貞江・森本みさ子・栗原広昭・金子静江編『青梅織物 青梅縞から青梅夜具地へ』青梅夜具地夕日色の会、2013年
- 東京都青梅市公式ホームページ「青梅縞(青梅市指定有形民俗文化財)」 https://www.city.ome.tokyo.jp/site/provincial-history-museum/2821.html
- コトバンク「青梅縞」 https://kotobank.jp/word/%E9%9D%92%E6%A2%85%E7%B8%9E-449361
- 株式会社ささもと建設「古代人に鎌倉武士に江戸商人…人々に親しまれてきた青梅の歴史と関連スポットを紹介!」 https://www.sasamoto.co.jp/blog/ome-history/
- きものナビ「江戸時代、全国区でヒットするも偽ブランド登場で衰退した『青梅縞』のこと」 https://kimono-navi.amebaownd.com/posts/6353320/

