【青梅大祭の裏話】山車のお下がりや貸し借り!?町同士を繋ぐ「山車のリサイクル」ネットワーク

毎年5月2日、3日に開催される青梅大祭。
各町内が誇りを持って曳き回す「山車(だし)」ですが、実は最初からすべて自分たちで一から作ったものばかりではありません。
青梅の山車には、他の町から「お下がり」として譲り受けたり、お祭りの日だけ「貸し借り」したりといった、町同士の温かい繋がりを示すエピソードがたくさん残されています。
今回は、『青梅市の山車』(久保田幸司 著)の資料を紐解きながら、地元の人でも意外と知らない「山車のリサイクル」の歴史ロマンをご紹介します!
仲町から下長淵、そして大柳町へ!受け継がれる名車
青梅の山車リサイクルを語る上で欠かせないのが、現在大柳町で曳かれている山車です。
この山車、実はもともと明治初期に仲町が江戸型鉾山車として使っていたものでした。
その後、昭和3年(1928年)に仲町が新しい山車を新調した際、古い山車は下長淵へと譲られます。
下長淵で長く愛されたこの山車ですが、昭和58年(1983年)に下長淵も山車を新調することになり、今度は大柳町へと受け継がれました。
つまり、「仲町 → 下長淵 → 大柳町」と、なんと3つの町を渡り歩いてきた大ベテランの山車なのです!
大柳町の山車の框(かまち)という部分には、今でもかすかに「仲両」という角文字が彫られており、かつての仲両丁(仲町一・二丁目)時代の名残を留めています。
お祭りで大柳町の山車を見かけたら、ぜひその歴史の証を探してみてください。
「山車がないなら貸してあげる!」助け合いのネットワーク
戦後、青梅大祭がどんどん盛んになり規模が拡大していく中で、「うちの町も山車を出して参加したい!」という機運が高まりました。
しかし、山車を作るには莫大なお金と時間がかかります。そこで青梅の人々がとった行動が「他町からの借用(レンタル)」でした。
資料に残っているだけでも、驚くほど多くの貸し借りが行われています。
- 裏宿町: 昭和23年の参加当時は自前の山車がなく、上長淵や柚木町から山車を借りていました。
- 勝沼町: 大正4年には藤橋から、昭和3年にはなんと市外の瑞穂町石畑から山車を借りて参加した記録があります!
- 日向和田: 昭和15年や23年に上郷から山車を借用。その後も友田町や畑中から借りていた時期がありました。
- 滝ノ上町: 昭和12年に上長淵から山車を借りて初参加。昭和20年代初頭からは毎年千ヶ瀬町から山車を借りており、自町の提灯と幕類を付け替えて曳いています。
- 畑中: 昭和23年に上町から山車を借りたのが始まりと言われています。
このように、自分たちの町だけでなく、周辺の町と助け合いながらお祭りを盛り上げてきた歴史が、青梅大祭の熱気の根底にあるのです。
古いものを大切にする「青梅の粋」
新しいものを作ったら古いものは捨てるのではなく、他の町で大切に受け継がれ、再びお祭りの舞台で輝く。
こうした「山車のリサイクル」の歴史からは、物を大切にする心と、町同士の人情味あふれるネットワークが見えてきます。
次の青梅大祭では、「この山車は昔、あっちの町を走っていたんだな」と想像しながら見てみると、お祭りの景色がさらに奥深く、魅力的に感じられるはずです!
【参考文献】
- 久保田幸司『青梅市の山車 : 東京都青梅市域にみる三〇余の山車と山車人形』エスアイティー東京、2019年

青梅大祭の魅力は、まだまだ語り尽くせません!
12台の豪華な山車の見どころから、江戸の天下祭にルーツを持つ深い歴史、そして当日の交通規制や公共交通機関でのアクセス方法まで、これさえ読めば青梅大祭のすべてがわかります。
\ お出かけ前の予習に! /

