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万葉集にも詠まれた多摩川と青梅の織物|「たまがわに さらす手作り」の情景を歩く

青梅の織物文化のルーツをたどっていくと、単なる産業史にとどまらない、もうひとつの物語に出会います。それが「多摩川」と「機織り」、そして日本最古の歌集『万葉集』とのつながりです。

前回の記事では、大和時代の渡来技術から江戸時代の「青梅縞」誕生までの歴史をたどりました。今回は少し寄り道して、奈良時代の人々が多摩川のほとりでどのように布を織り、それがどんな歌として歌集に残されたのかを見ていきたいと思います。

目次

「調」として納められた麻布と、多摩川の風景

「調」として納められた麻布と、多摩川の風景

奈良時代、律令制度のもとでは、地方の人々は税のひとつとして布や糸などを朝廷に納める義務がありました。これを「調(ちょう)」といいます。
武蔵国(現在の東京都・埼玉県あたり)でも、麻の布が調として盛んに織られ、朝廷へと納められていました。

その布づくりの工程で欠かせなかったのが「さらし」という作業です。織り上がった麻布を白く仕上げるため、川の流れに布を晒し、日に干して漂白する。これは決して楽な作業ではなく、多くの手間と時間を要したといわれています。

多摩川のほとりでは、女性たちがこの「さらし」の作業を行いながら、労働歌として歌を口ずさんでいたと考えられています。そうした歌のいくつかが、奈良時代に成立したとされる歌集『万葉集』に「東歌(あずまうた)」として収められているのです。

『万葉集』巻十四に残る、多摩川の恋の歌

『万葉集』巻十四に残る、多摩川の恋の歌

『万葉集』の巻十四には、東国(関東地方)に暮らす人々が詠んだ「東歌」がまとめられています。中央の貴族からは素朴な地方の歌として見られる一方で、その飾らない言葉づかいや率直な感情表現が、独特の魅力として今も愛されています。

多摩川に晒す手作りさらさらに 何ぞこの児のここだかなしき

その中の一首(3373番)は、多摩川で布をさらす情景を借りて、ある娘への恋心を詠んだ歌です。「さらす」という言葉から「さらさらに(=ますます、いっそう)」という言葉を導き出す技法が使われており、川の水音と布がさらされる様子、そして募っていく恋心が、心地よい音の響きとともに重ね合わされています。

作者は名を残していません。これは東歌の多くに共通する特徴で、特定の個人の作というよりも、当時の人々の間で民謡・労働歌として歌い継がれていたものが書き留められたと考えられています。つまりこの歌は、まさに多摩川のほとりで機織り・布さらしの作業をしていた、名もなき人々の暮らしの中から生まれた一首なのです。

「調布」という地名にも残る、税としての布づくり

「調布」という地名にも残る、税としての布づくり

多摩川流域には、現在も「調布」という地名が残っています。これはまさに、この地域が古代から麻布を「調」として納めていた土地であったことに由来するといわれています。

青梅もまた多摩川の上流に位置する地域であり、後の時代に「青梅縞」として花開く織物文化の土壌は、すでにこの奈良時代の頃から育まれていたのかもしれません。もちろん、当時の「調」としての麻布と、江戸時代の「青梅縞」は直接の系譜でつながっているわけではありませんが、多摩川と布づくりという組み合わせが、千年以上前からこの地域の暮らしに根づいていたことは、とても興味深い事実です。

歌の情景を、今の多摩川で想像してみる

[画像:御嶽渓谷]
御岳渓谷に流れる多摩川

現在の多摩川沿いを歩いていると、当時の「布さらし」の光景を直接目にすることはもちろんできません。けれど、清らかな水音を聞きながら、かつてこの川で麻布を洗い、日に干していた人々の暮らしに思いを馳せてみると、いつもの散歩道が少し違って見えてくるかもしれません。

青梅から多摩川をさかのぼる、あるいは下る散策をする際には、ぜひこの「たまがわに さらす手作り」の歌のことを思い出してみてください。千年以上前、この川のほとりで誰かが誰かを想い、布をさらしながら口ずさんだ歌が、今も『万葉集』の中に生き続けています。


参考文献・出典

  • 向貞江・森本みさ子・栗原広昭・金子静江編『青梅織物 青梅縞から青梅夜具地へ』青梅夜具地夕日色の会、2013年
  • 詩歌漫遊記「多摩川にさらす手作りさらさらに何そこの児のここだかなしき 東歌・武蔵国の歌」 https://touzainozomu.com/2021/08/23/多摩川にさらす手作りさらさらに何そこの児のここ/
  • たのしい万葉集「多摩川にさらす手作りさらさらに」 https://art-tags.net/manyo/fourteen/m3373.html
  • ひめしゃら法律事務所「万葉集の時代と多摩川」 https://www.himesyara.com/2018/05/02/2397/
  • 川越市議会議員 小林範子 公式Webサイト「令和万葉集:多摩川に さらす手作り さらさらに」 https://kobayashi-noriko.com/archives/1462
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