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青梅大祭の町角で見かける「立派な人形」って何?山車から降りた意外な理由と歴史

見上げてびっくり?青梅大祭の山車から人形が降りた意外な理由
愛犬と青梅を満喫!🐶お出かけ&ドッグカフェガイド
青梅犬連れ観光ガイド(SP版サムネイル画像)

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毎年5月に開催され、多くの観光客で賑わう「青梅大祭」。町を練り歩くお囃子(はやし)の賑やかな音色とともに、町角の「会所(人形場)」に鎮座する荘厳な「山車人形(だしにんぎょう)」は、このお祭りの最大の象徴です。

しかし、初めてお祭りを見た方は、ふとこんな疑問を抱くのではないでしょうか。

「この人形ってなんだろう?」

実は、そこには江戸の粋を守り抜こうとした青梅の人々の情熱と、近代化の荒波が交差する、知られざる物語がありました。今回は、山車と人形に隠された「主役交代」の秘密に迫ります!

目次

かつてはビルの高さ?江戸の粋を集めた「江戸型山車」

川越氷川祭の鉾台型山車
川越氷川祭の鉾台型山車(画像はWikipediaより)

現在の青梅大祭で曳かれている山車は、屋根がついた「屋台型」ですが、明治時代末期までは、全く異なる姿をしていました。

当時は「江戸型鉾山車(えどがたほこだいしゃ)」または「三層高欄鉾台型(さんそうこうらんほこだいがた)」と呼ばれる、高さ約8メートルにも及ぶ三層構造の山車でした。

当時は、見上げるような高さの人形を青梅の空に掲げ、悠然と街道を進んでいたのです。

おそるべき先人の知恵!小田巻(おだまき)のからくり

江戸型鉾山車の昇降装置『小田巻』のイメージ図(AI生成)
江戸型鉾山車の昇降装置『小田巻』のイメージ図(AI生成)

江戸型鉾山車の最大の特徴は、最上部に神様の依代(よりしろ)となる巨大な人形を掲げていることです。さらに驚くべきは、その構造です。
二層目の櫓(やぐら)と最上部の人形は、「小田巻」と呼ばれる昇降装置によって、一段目の中にスルスルと収まる画期的な仕組みを備えていました。これは、江戸城の門をくぐる際や、電線を避けるために開発された江戸の知恵の結晶です1

近代化の荒波と「自粛ムード」が祭りを変えた

電線より背の低い「屋台型」の山車
電線より背の低い「屋台型」へ

そんな絢爛豪華な鉾山車に、大きな転機が訪れます。明治44年(1911年)頃、青梅の町にも近代化の象徴である「電線」が張り巡らされるようになりました。

空を覆う電線は、背の高い鉾山車にとって文字通りの「壁」となりました。しかし、形を変えた理由は電線だけではありませんでした。

久保田幸司さんの『青梅市の山車 : 東京都青梅市域にみる三〇余の山車と山車人形』では、その理由を以下の2点に求めています2

  • 屋台型への大改修
  • 時代の変わり目

この2つの理由について、もう少し詳しく見ていきましょう。

屋台型への大改修

組み立ての煩わしさや、電線を避ける必要性、そして時代の節目。これらが重なり、明治43年頃の祭礼を最後に、青梅の人々は人形を山車から下ろし、屋根を設けた「屋台型」へと大改修する道を選んだのです。

時代の変わり目

明治末期から大正時代にかけて、明治天皇の大患や崩御(1912年)が重なり、世の中には祭礼を自粛するムードが漂っていました。

主役のバトンタッチ!「人形場」の誕生と「お囃子」の躍進

人形が山車から降りたことは、決して「退化した」わけではありませんでした。むしろ、そこから青梅独自の新しい祭礼文化が花開きます。

どこよりも間近で拝める「人形場」

神功皇后(じんぐうこうごう)と皇子(後の応神天皇)、武内宿禰(たけしうちのすくね)
神功皇后(じんぐうこうごう)と皇子(後の応神天皇)、武内宿禰(たけしうちのすくね)

山車から降りた人形たちは、蔵にしまわれるのではなく、お祭りの期間中だけ各町内に設けられた「会所(人形場)」に飾られるようになりました。
かつては遥か高い場所で見上げていた名人形師たちの傑作を、今では目と鼻の先で鑑賞できる贅沢な環境が生まれたのです。

また、これらの人形の表情をよく見てみてください。
実は、山車の上から地上を見下ろしていた頃の名残で、あえて首や胴がうつむき加減に作られており、地上にいる私たちと視線が合うように設計されています。

「楽屋」が広がり、喧嘩囃子が激化

お囃子の様子
お囃子の様子

人形がいなくなった山車の上層部分は、空洞になったわけではありません。そこは「囃子方の控えの楽屋」へと生まれ変わりました。
これにより、より多くの人数で、より激しく演奏を続けることが可能になりました。
現在、青梅大祭の代名詞となっている、山車を向かい合わせて激しく競り合う「喧嘩囃子」の熱狂は、人形が降りたことで生まれた「空間」が支えているのです。

街歩きがもっと楽しくなる!青梅大祭の新しい見方

青梅大祭の山車から人形が降りたのは、決して寂しい理由からではなく、町が発展していく中で「お祭りを絶やさず続けていくための工夫」だったのです。

次に青梅大祭を訪れる際は、ぜひ町を練り歩く屋台型の山車とお囃子の熱気を感じつつ、各町内の「人形場」を巡ってみてください。かつて山車の上から町を見下ろしていた人形たちと目が合ったとき、青梅の深い歴史と人々の祭りに懸ける愛情を感じられるはずです。

青梅大祭の基本情報
  • 開催日:毎年5月2日、3日
  • 見どころ:江戸時代の名人形師による山車人形(各町内の人形場にて展示)、お囃子の競り合い、美しい手古舞や拍子木の装い

参考文献

この記事は、以下の資料を参考に作成しています。

  • 久保田幸司『青梅市の山車 : 東京都青梅市域にみる三〇余の山車と山車人形』、エスアイティー東京、2019年
  • 齋藤慎一(文)・櫻井保秋(写真)『青梅住吉祭礼』百水社、1997年
  • 村野公一(解説作成)『解説「江戸の祭り 青梅の祭り」』、2007年

  1. 久保田幸司『青梅市の山車 : 東京都青梅市域にみる三〇余の山車と山車人形』、エスアイティー東京、2019年、10~11頁。 ↩︎
  2. 久保田幸司『青梅市の山車 : 東京都青梅市域にみる三〇余の山車と山車人形』、エスアイティー東京、2019年、8~9頁。 ↩︎
【保存版】青梅大祭のすべてがわかる!完全ガイド
青梅大祭 本町の山車

青梅大祭の魅力は、まだまだ語り尽くせません!
12台の豪華な山車の見どころから、江戸の天下祭にルーツを持つ深い歴史、そして当日の交通規制や公共交通機関でのアクセス方法まで、これさえ読めば青梅大祭のすべてがわかります。

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