
自然豊かな青梅は、ワンちゃんとのドライブやお出かけにぴったりの街!
「店内同伴OKのカフェ」から「絶景のお散歩コース」まで、青梅市内の愛犬家向けスポットをぎゅっとまとめました。
週末の予定決めに、ぜひご活用ください。
\ ワンちゃんとの青梅観光に必携! /


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2025年後期のNHK朝ドラ『ばけばけ』が放送され、今、東京都青梅市が熱い視線を浴びています。モデルとなるのは、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の妻・セツ。
そして、青梅市が「発祥の地」としてプッシュしているのが、八雲の代表作『怪談』に収録された「雪おんな」です。市内では「青梅宿珈琲 雪女ブレンド」をはじめ、さまざまな雪おんな商品が発売されています。
しかし、原作を読んだことがある方なら、ふと疑問に思うかもしれません。
「あれ?雪おんなの話に青梅の地名って、でてきたっけ?」
今回は、「雪おんなは青梅がルーツ」と言われるようになった経緯を解説していきます。
はじめに、雪おんなのあらすじを簡単に追っていきましょう。

さきほど紹介したあらすじにもあるように、小泉八雲が書いた「雪おんな」の舞台は「武蔵の国」とされています。
これは現在の東京都、埼玉県、神奈川県の川崎・横浜地区にあたる古い地名です。
明治時代に入り県などの区分が変わっても、「武蔵の国(武蔵国、武州)」という表現は文学や地域名としては広く使われていました。
青梅市の御嶽神社が「武州御嶽神社」と呼ばれるのもその名残です。
しかし、対象となるエリアが非常に広大であるため、「武蔵の国」という言葉だけでは場所を絞り込めず、長らく雪おんなのルーツが青梅にあるとは気づかれませんでした。
「雪おんな」の本編には舞台が青梅だと示す記述はないものの、ヒントは小泉八雲の『怪談(KWAIDAN)』の序文(INTRODUCTION)にありました。
『怪談』の序文には以下のように記されています。
One queer tale, “Yuki-Onna”, was told me by a farmer of Chofu, Nishitama-gori, in Musashi province, as a legend of his native village.
奇妙な物語の一つ「雪おんな」は、武蔵国西多摩郡調布の農夫が、故郷の村の伝説として私に語ったものである。
このように、『怪談』の序文にははっきりと「武蔵国西多摩郡調布」の農夫から聞いた話だと書かれています。
しかし、『怪談』の序文までしっかりと目を通している人は多くなく、さらに「武蔵国西多摩郡調布」という地名を聞いて、「これは今の青梅のことだ」と気づく人はさらに限られていました。
というのも、現代で「調布」と聞いて連想するのは「東京都調布市」だからです。
東京都調布市も、昔の「武蔵」と呼ばれた地域であり、現代も調布の名前が使われています。
そのため、「武蔵国西多摩郡調布」という言葉を見て、「雪おんな」の舞台は調布市だと勘違いする人も多かったと思われます。
「雪おんな」のルーツを研究した芦田文代さんも、調布市と勘違いしていた人の一人でした。
長く舞台が特定されなかった「雪おんな」ですが、1990年代後半から、芦田文代さんの調査により流れが変わってきます。
ここからは、昭和レトロ商品博物館の『雪おんな』の記述をもとに、「雪おんな」のルーツが青梅市だと言われるようになった経緯を追っていきましょう。
ここからは、小泉八雲の物語としては「雪おんな」、昭和レトロ商品博物館の書物としては『雪おんな』と表記します。
先ほどもお話ししたように、「雪おんな」のルーツ探しに多大な貢献をされた芦田さんも、最初は「武蔵国西多摩郡調布」を現代の調布市だと勘違いしていました。
芦田さんは、所属していた合唱団で「雪おんな」を題材にした合唱曲を発表することになった際、そのプログラムに「雪おんな」は東京都調布市の話であると書きました。
しかし、その発表会の後、調布市在住の芦田さんの友人からこのように質問されたようです。
芦田さん、変じゃない。私は調布市に長いこと住んでいるけれど、地元では雪おんなの話を一度も聞いたこともないし、まして物語にある樵(きこり)の仕事場の山はどこにあるの?広い川ってどの川をさすの?
昭和レトロ商品博物館・編『雪おんな』27~28ページより

この芦田さんのご友人が疑問に思ったように、現在の調布市は「雪おんな」の物語にでてくるような広い川はありません。
調布市までくれば、多摩川も下流になっているので、川幅もそこまで広いものではなくなっています。
また、きこりが生活するような山林もなければ、そもそも雪おんなが出てくるような豪雪地帯でもありません。
そのため、「雪おんな」の舞台が調布市だと言うには、いろんな点で物語との齟齬がでてしまいます。
芦田さんはその後、小泉八雲の曾孫である小泉凡さんや、調布市の郷土博物館、青梅市郷土博物館に「雪おんな」の舞台である調布村のことを問い合わせます。
小泉凡さんは、「武蔵国西多摩郡調布」が青梅あたりとは考えていたようですが、当時は調査を進めていませんでした。
調布市の郷土博物館は、現代の調布市が「北多摩郡調布町」と呼ばれていたことを芦田さんに伝えます。つまり、「調布町」ではあったものの、「調布村」ではなかったので、やはり調布市は「雪おんな」の舞台ではありませんでした。
青梅市郷土博物館は、芦田さんが問い合わせた当初は「雪おんな」の舞台が青梅市だとは考えなかったようです。しかし、芦田さんから手がかりである『怪談』の序文が送られ、「雪おんな」の舞台が青梅である可能性を感じ、調査を始めるようになりました。
「雪おんな」が青梅の観光と結びついたのは、昭和レトロ商品博物館館長・横川秀利さんが芦田さんの活動を知ったことによります。
横川さんは当時、商店街のイベントである「青梅宿アートフェスティバル」のテーマを「妖怪」にしようと企画を練っていました。その過程で、宗建寺の住職から「雪女の伝説は青梅らしい」という話を聞いたことが最初のきっかけです。
宗建寺には、芦田さんから「雪おんな」の舞台はどうやら青梅らしいので、ゆかりの地のお寺で演奏会をしたいという打診があったようです。
そのことを住職が覚えており、横川さんに「雪女の伝説は青梅らしい」と伝えました。
その後、横川さんは小泉凡さんに問い合わせ、芦田さんの調査記録を共有されます。こうして、「雪おんなのルーツ探し」は一気に過熱し、町おこしにつなげるために「雪おんな探偵団」が結成されました。
![[画像:昭和レトロ商品博物館の外観]](https://baigo.fun/wp-content/uploads/2025/11/yuki-onna-1-1024x538.jpg)
「雪おんな探偵団」は横川さんを中心に、芦田さんや小泉凡さん、そして妖怪研究家の間敏幸さんらを招いて結成され、毎週土曜日に青梅を調査したようです。
彼らの調査記録は、昭和レトロ商品博物館の2階にパネル展示されています。
その調査結果を要約すると、以下のようになります。
最も重要な証拠は、やはり小泉八雲が書いた『怪談(KWAIDAN)』の英語版の序文です。 物語の本文では「武蔵の国」としか書かれていませんが、序文には、この物語を語った人物について以下のように記されていることがパネルで解説されています。
![[画像:「雪おんな縁の地」の記念碑]](https://baigo.fun/wp-content/uploads/2025/11/yuki-onna-2-1024x538.jpg)
調布村が現在の青梅市と考えられることから、2002年には調布橋のたもとに「雪おんな縁の地」という記念碑が建てられました。
![[画像:「雪おんな縁の地」の記念碑の裏側]](https://baigo.fun/wp-content/uploads/2025/11/yuki-onna-4-1024x538.jpg)
記念碑の裏側には青梅市と「雪おんな」を結び付けた序文が飾られています。
では、なぜ小泉八雲は雪おんなの話を知ったのでしょうか?
パネルの調査資料によると、以下のルートが判明しています。
調布村出身の使用人については、小泉八雲の長男・一雄の回顧録(『父「八雲」を憶ふ』)にも登場し、娘の名前は「お花」、お父さんの名前は「宗八」だったようです。
現在では、この宗八が『怪談』の序文に書かれた「武蔵国西多摩郡調布の農夫」だったのではないかと言われています。
![[画像:推定される「雪おんな」の伝達ルート]](https://baigo.fun/wp-content/uploads/2025/11/yuki-onnna-add-1024x538.jpg)
物語の重要な舞台である「渡し守の小屋」についても、地理的な一致が見られます。
「東京の青梅で、人が凍死するほどの雪が降るのか?」という疑問に対し、歴史的な記録が提示されています。
主人公の茂作と巳之吉の職業「きこり」についても、青梅の地域性と一致します。
以上のように、『怪談』の序文に書かれた「武蔵国西多摩郡調布の農夫」は実在し、「武蔵国西多摩郡調布」というのは現在の青梅市であることがわかりました。そして、青梅には「雪おんな」の物語を彷彿させる地理や、気象がそろっていたようです。
しかし、最も重要である小泉八雲の「雪おんな」と同じ伝承は、雪おんな探偵団の調査でも発見されませんでした。
『雪おんな』によると、雪おんなが老婆を助ける話や、口裂け女のような顔をした雪おんなの話は発見されたようですが、小泉八雲の「雪おんな」と同じあらすじの伝承は発見できなかったようです。
客観的な事実を整理するため、『雪おんな』に書かれた青梅市文化財保護審議会委員である齋藤愼一さんの言葉を引用しましょう。
私たちが確認できるのは、現在の青梅市域の旧調布村(近世の三田領駒木野村、上・下長淵村、友田村、河辺村、千ヶ瀬村)に生まれ育ったお百姓が素材を提供したというところまでです。このことは、きちんと意識しておくべきで、仮構と事実、実在の場所や人物と軽々しく結びつけることは慎まねばなりません。描かれた作品の中の場所がどこであったかなどということは、誰にも断定はできないのです。今のところ、「雪おんな」という作品が描かれるための材料や感興を、青梅の風土が提供し得たのだという程度までなのです。
昭和レトロ商品博物館・編『雪おんな』57~58ページより
たしかに、現在の青梅市である調布村から小泉八雲のところに使用人が来ていたことは事実です。
しかし、「怪談」と同じ伝承が青梅市から発見されていない以上、使用人が調布村とは別の場所の怪談をしていた可能性は0ではありません。
また、小泉八雲は日本語が堪能でなかったため、妻・セツを通じて、民話や怪談話が伝わったことは知られています。
そのため、奉公人からセツへ、セツから小泉八雲へと話が受け継がれる中で、どこで話に装飾が入ったかも明らかにすることはできません。
つまり、「雪おんな」の執筆に青梅が影響を与えただろうけれども、はっきりと「青梅が舞台である!」とは言えないということです。
芦田さんの話や横川さんとの合流の経緯については、昭和レトロ商品博物館の『雪おんな』に詳しく書かれており、この本は2001年8月11日に宗建寺で行われたパネルディスカッションがもとになっています。
そのパネルディスカッションの中に当時青梅市郷土博物館の職員であった伊藤博司さんが「4年ほど前」に芦田さんから問い合わせがあったということが語られています。
つまり、「雪おんな」のルーツ探しは、1990年代後半に過熱し、2000年代初頭から「青梅は”雪おんな”ゆかりの地」と打ち出し始めたようです。
しかし、忘れてはいけないのが、小泉八雲が『怪談』の中で語った「雪おんな」の伝説とまったく同じ伝説や民話は、雪おんな探偵団の調査でも発見されなかったということです。
あくまで、「雪おんなのルーツは青梅市の可能性が高い」というのが、現在の調査からわかる限界だということを理解しておかなければなりません。
とはいえ、「雪おんな」の執筆に現在の青梅市出身の「武蔵国西多摩郡調布の農夫」が影響を与えたことは確かです。
そのため、青梅市が「雪おんな」に縁(ゆかり)があることだけは間違いありません。
朝ドラの『ばけばけ』で小泉八雲が注目される中で、ゆかりのある青梅市にもスポットが当たることを願っています。
本記事の執筆にあたり、以下の書籍および資料を参考にさせていただきました。

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baigo.funを運営しているWebサイト制作事務所SSAITS -サイツ- です。
2023年に練馬区から青梅市に移住してきました。
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